新聞のコラムのタイトルに「世の中に正答はない」という言葉を目にしました

これは西田幾多郎を源流とする哲学の京都学派の思想だというようなことがありました

そしてこの考え方は今の世界情勢に通じるものがある・・・というような内容でした

それとは少し違うかもしれませんが

私共の仕事で 何かの会計処理についてチェックをしていて

「**は少し違うのではない?」と言うような質問を投げかけることがあります

明らかに間違っている というわけではないけれど

何か違和感のようなひっかかる印象がある と言うようなことなのですが

それに対して

「それなら どうすればよいのですか」という答えが返ってくることがあります

そこで なんで違和感を感じたかということを 一生懸命説明することになるのですが

それでも ****という取引(出来事)は**のように処理(仕訳)する とテキストにあります

とかで 納得できない顔をされることになります

****という取引(出来事)はすべて同じであることはない

それを表す言葉や単語が同じなだけで 極端にいえば すべて違った出来事だと私は思います

だから 一番適切な処理を見出すという作業が不可欠であって

テキストにあるいは条文に***とあったから これ以外の解釈はありえないはない と思うのです

私は税務調査に強いとか 上手に説明してもらって などと評価していただくことがあるのですが

それはその場の対応ではなく そもそもの出来事がどのような内容のものであり 

どのようなストーリーがその裏にあるか を常に考えて処理をつみかさねているから

税務署の方であっても理解していただけるのではないか と思っています

「正答はない」 ではないですが 同じように見えても 必ずしも同じではない

通じるところが在るように感じたところです